大判例

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名古屋高等裁判所 昭和23年(ネ)81号・昭24年(ネ)8号 判決

控訴代理人は「原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余を取消し、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並に附帶控訴棄却の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決並に附帶控訴として「原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す。控訴人は被控訴人に対し名古屋市昭和区吹上町一丁目十一番地にある木造瓦葺二階建住家南向二戸建一棟の東側一戸(諸式付)を明渡さねばならぬ。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張は被控訴代理人において、被控訴人が控訴人に本件家屋を賃貸して以後、控訴人は門柱直徑一尺高さ一丈のもの一本、門扉高さ六尺六寸巾四尺五寸のもの二枚を紛失し階上階下大小合計十二枚の硝子を破損した外、屋内に鉄切断器を備付け使用して建物の一部を一寸五分程降下させ、水洗便所に放水のままとしてその土台を甚しく腐蝕させ、その他庭木、塀を破損し燃料に使用する等保管について善良なる管理者の注意義務を怠り、甚しく信義に反する行爲があつたので被控訴人は昭和二十四年一月二十日の口頭弁論において控訴人に賃貸借契約を解除する。なお被控訴人は本件の解約申入について、控訴人に対してその移轉先として、櫻山電車停留所前西北にある四疊半八疊の二間の家屋一戸及び堀田駅東一丁目の同様家屋一戸(各家賃金一ケ月四百円程度)を物色したのに拘らず控訴人は移轉を肯んじないのである。而して被控訴人は老齢であつて経済的に困窮し他の家屋財産は殆んど賣盡し、控訴人に本件家屋の立退を求めてこれを賣却しなければ生計ができない状況にあるものである。被控訴人が本件家屋につき解約申入をしたのは昭和二十二年三月二十六日であつて原審判決に昭和二十三月三月二十六日とあるのは誤りである。と述べ控訴人において本件家屋を住居として借受けた事実は認めると述べた外原判決摘示事実と同一であるからこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

被控訴人が昭和二十年七月頃、その主張の本件家屋を、一ケ月賃料三十円、前拂の約で、期間を定めないで控訴人に賃貸したこと、被控訴人が昭和二十二年三月二十六日控訴人に対し右賃貸借の解約申入をしたこと、及び本訴提起後控訴人が被控訴人に無断で本件家屋の階下を訴外伊藤サダに轉貸したことは当事者間に爭のないところである。

まず右伊藤サダに対する無断轉貸が本件賃貸借の解除の原因となるかどうかを考察する。民法第六百十二條第二項には賃借人が賃貸人の承諾なくして第三者をして賃借物の使用または收益を爲さしめたときは賃貸人は賃貸借契約の解除をすることができる旨を規定している。これは賃貸借契約が当事者の信頼関係を基礎として成立するものであることからして、賃借人が賃貸人の信頼を裏切る行爲をして、契約成立の基礎を破壊した以上、もはや賃貸人をして契約の存続を忍容せしむべきでないとした理由によるものであると解せられる。したがつて無断轉貸といつても客観的に見て賃貸借契約成立の基礎を破壊するに至らない程度のもの例えば善良な轉借人であつて、その使用收益が賃貸人に許された範囲を越えず、しかも一時使用のために轉貸したような場合には賃貸人に契約の解除をなし得ず、かかる場合の解除は信義の原則に反し無効であると解するを相当とする。

そこで控訴人のなした前記轉貸について見るに原審における控訴本人の供述によれば伊藤サダは映画配給社に勤務している二十四才の女性であつて、その母及び妹と共に独身生活の控訴人の留守番をする趣旨で昭和二十三年四月頃一時本件家屋階下を控訴人から借り受けたもので、しかも同年五月末には他に轉出している事実を認めることができるから、かような轉貸借に対して賃貸人の承認がなかつたという理由で被控訴人は本件賃貸契約の解除をなし得ないものといわなければならぬ。従つて右無断轉貸に基ずく解除を原因とする被控訴人の本訴請求は失当である。

つぎに被控訴代理人は控訴人において善良なる管理者の注意を怠り本件賃借物件を損壊する等の所爲があつたから、これを理由として賃貸借契約を解除するという。思うに賃貸借において賃借人は契約又は其の目的物の性質によつて、定まつた用方に従つてその物の使用及び收益をなすことを要すことは、民法第六百十六條同第五百九十四條第一項の明定するところであつて、これに違反すれば賃借人の債務不履行となるから控訴人に右のような所爲があつた場合には、被控訴人は一般の原則に従つて、その不法な所爲を止むべきことを催告し、控訴人がこれに應じなければ契約を解除し得るものと解すべきであるが控訴人に被控訴人主張のような所爲があつたという事実について当審証人山田壽々子の証言は当審における以下の証拠調の結果に徴して、にわかに措信し得ない。すなわち当審における証人浅野滋岐男、磯部晴二の証言並びに檢証の結果によれば門柱、門扉、塀、窓、硝子庭木等の破損多くは、空襲及びその後の風力等による自然の損傷であつてその残骸の紛失も控訴人の責任に帰すべきものと認めるを得ないし、また家屋の一部降下の原因が控訴人の鉄切断器使用によるものであるとは認めがたく、便所の放水によつて土台が腐蝕した事実もこれを認めることができない。のみならず控訴人の不法な用益に対し被控訴人が期間を定めてその禁止を催告したという事実も認められないからこれによる契約解除の主張もとうていこれを採用するを得ない。

最後に被控訴人のなした解約申入が有効かどうかという問題にはいる。借家法第一條の二によると建物の賃貸人は正当の事由がなければ解約の申入をすることができないことになつている。この点について被控訴代理人は被控訴人が老齢の退職軍人であつて生活に資金を調達する爲め本件の家屋の賣却が必要だということと、控訴人が妻子と別居しており昭和二十一年八月以來訴外三尾みつるに本件家屋二階の一室を無断轉貸している事実を挙げている。原審並に当審における証人山田壽々子及び原審証人山田英男の証言によれば被控訴人が八十余才の老齢であり、しかも退職高級軍人として恩給の支給を停止せられて他に收入の途なくその子英男もまた同様の関係で生活の資に窮している事情がうかがわれ本件家屋から控訴人を退去させ相当の價格で賣却することができれば、幾分その窮況の打開ができることも察せられる。そのため控訴人に明渡させることを條件として昭和二十二年三月頃本件家屋を訴外阿部実雪に金十五万円で賣渡の契約をし内金三万円の支拂を受けたが控訴人が明渡さないので、同人は一まずその東隣にある平家建の家屋を被控訴人から金十一万円で買受けて現在そこに居住しているという事実は右山田壽々子の原審における証言及び当審における証人阿部実雪の証言によつて明らかである。以上のように被控訴人が終戰後から引続いて経済的に非常に困窮している事実は認めるが、しかし被控訴人は現在なお階下五間階上二間五十余疊の現在の住宅状況から見れば相当立派といえる住宅を所有しこれに居住している(一部間貸しはしているようである。)ことは当審における檢証の結果及び前記証人山田壽々子の証言によつて認められるし、また本件家屋の西側の一戸も被控訴人の所有であつて、これを訴外磯部晴二が賃借していることは同証人の証言するところである。かれこれ考え合わせると本件の賃貸借を全面的に解約して控訴人を立退かせるについて正当な理由があることはとうてい解せられない。被控訴人は控訴人のために移轉先二戸を物色したというが單にそれだけのことでは、これまた本件賃貸借解除についての正当理由があるとはいわれない。

なお控訴人が昭和二十一年八月から同二十二年十月まで本件家屋二階の一室を被控訴人に無断で訴外三尾みつるに轉貸したことは控訴人の認めるところであつて、右は被控訴人に対する一種の不信行爲ではあるが原審における同証人の証言から考えると前記伊藤サダに対する無断轉貸の場合と同様に律すべき関係であり、殊に三尾の場合においては本件家屋の明渡について同人が控訴人及び被控訴人の間にはいつて種々斡旋していることがこの証言によつてうががわれるのであつて、同人に対する轉貸は結果から見て被控訴人を裏切つたことにはならないので、これをもつて解約の申入を正当とする理由とはなし難い。

しかし以上のような事情の下においては控訴人の事情次第では被控訴人をして右家屋を第三者に賣却し易いようにし、またはその一部を有利に他に賃貸せしめるため一部の解約を正当と認めるのが相当である。そこで控訴人の事情を考えて見るに前記証人の証言及び原審における控訴本人の供述によれば本件賃貸借の解約申入当時控訴人の妻子は控訴人と離れて某マーケツトの賣店に居住して居り控訴人も被控訴人から一万数千円の贈與を得れば本件家屋を明渡して、妻の許に引越す意思であつたこと、その後右金額の折合がつかないので控訴人は明渡の要求を拒絶し妻子も再び本件家屋に同棲することになつたが、間もなく妻子を離別して独身で本件家屋に住んでいたことが認められ、最近控訴人が後妻を迎えて本件家屋に同棲することになつたことは当審証人伊藤みさの証言するところである。而して原審並に当審における檢証の結果によると、本件家屋は階下に八疊、五疊、二疊(玄関)三疊(勝手)洋式應接間(一間半に一間余)各一室階上に十疊、六疊、二疊の各一室があり右應接室にはペレスその他チコーブホーン製作材料並に器械が置かれてあるが、控訴人が現在そこで格別何等の仕事に從事している様子は見られない。(尤も本件家屋は住宅として借受けたことは控訴人の認めるところであるから、これを工場として使用することは許されないことは当然である)なお控訴人が一時にもせよさきに本件家屋の二階を訴外三尾みつるに同階下を伊藤サダに轉貸したことは前記のごとくその自認するところである。以上の点を綜合して考えると、控訴人が解約申入当時においては一人、現在においても夫婦二人だけで本件家屋を使用して解約の効力を全面的に拒否することは、前記被控訴人の立場を考えまた現時の社会情勢とにらみ合せて妥当であるとはいえない。

以上の理由から被控訴人の本件解約申入は其の一部分について効力を生ずるものとするを相当とし、その範囲は本件家屋を被控訴人がこれを賣却又は他に賃貸してその生活費を補給する必要と控訴人が実際これを使用するについて必要とする限度その他前記諸事情を考慮し控訴人において一應その日常生活を維持するに足る居住の場所として階下八疊の一間を残す以外の部分についてその効力を生じ右申入後六ケ月を経過した昭和二十二年九月二十六日限りその賃貸借は終了したものとすべきである。而して控訴人が右八疊の間をその日常生活において十分に利用し得るがためにはまた原判決に挙示せられた部分の使用権限が控訴人に認めらるべきことは、前記檢証の結果認められる本件建物の構造上当然といわねばならぬ。よつて被控訴人の請求を一部認容してなした原判決は相当であり本件控訴並に附帶控訴は何れもその理由がないからこれを棄却すべきものと認め訴訟費用につき民事訴訟法第八十九條、第九十五條を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 中島獎 茶谷勇吉 白木伸)

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